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陽光の差す昼下がりの授業は、生徒はもちろん教師ですら欠伸を隠せぬほどに穏やかな、言い換えれば怠惰な時間である。
自身の受け持っているクラスの授業であるということも手伝って、銀八は教卓に前のめりに凭れ掛る体勢を取りながらつらつらと評論の解説を行っている。
その説明を聞いている者など殆どいない。眠気に負けて机に突っ伏しているか、借りた漫画を真剣に読んでいるか、携帯電話をいじっているかのいずれかである。
例外といえば、何かと妙な質問を投げかける留学生の神楽とそれに便乗して楽しもうとする沖田、そして、硬直したように席について俯いている桂ぐらいであった。
「でだな、この段落で筆者が主張したいことは」
「センセー、ひっしゃって何アルか。ワタシ中国から来たばかりだから日本語ぜんぜんわかんないヨもっと噛み砕いた日本語使えヨ」
「おー、神楽はもうそんな人を苛立たせる日本語表現を知ってんのか。えらいぞー、その頭があれば筆者の意味ぐらい想像で補えます」
「センセー、すまねぇが俺もわかんねーんでさァ。何せ小学校に行ってなかったもんでねぇ。筆者って何おいしーんですかィ」
「じゃあまず小学校からやり直せばいいと思いますあれ作文?」
銀八が一言発する度にこのやりとりが行われるので、授業は一向に進まない。寧ろ其れが授業の中身のようである。
桂はそんな沖田と神楽に挟まれて、静かに着席していた。ひたすら後孔の異物感に耐えながら。
桂の体内に小型バイブが無理やり押し込まれたのは、昼休みのことである。いつも以上に存分に後ろを解された後、挿入されたのは銀八の雄ではなく、
ひやりとした無機物の塊だった。外してくれと何度も懇願したが、銀八はにやにやと微笑いながら
「次、俺の授業飯の後だから眠いでしょ?居眠り対策」
と酷薄に告げた。
尻に常時何かごつごつした固形物が詰められているという体験は異常を極めていた。
不快感は冷や汗となって正直に額に浮かんでくる。膝の上で握り締めた拳は小刻みに震えていた。きっと顔色は死人のように白いだろうが、豊かな艶髪が
巧く其れを周囲の目から隠している。
更に屈辱的なことには、先ほど施された愛撫の所為で半勃ちした自身の収拾さえついていない。この体勢で、この状態であと数十分持つとは到底思えなかった。
もし授業が終わったとしても、どうすればいいのか分からない。立ち上がれる自信すらないのだ。思考が真っ白になる前に、何とか打開しなければ。
桂は瞳をぐっと閉じ、机に突っ伏した。
その瞬間、衝撃が稲妻のように下半身を突いた。
「……っひ!!!」
銀八のポケットの中での単純な動作の所為で桂は前につんのめり、机ごと床にくずおれた。がたんっ、という机が床に叩き付けられた大きな音が、
何事もなかったかのように再開されていた銀八の授業を中断した。ひそひそと小声でされていたお喋りも止み、教室は水を打ったように静かになる。
クラス中の人間の視線が、突拍子もなく床に倒れこんだ桂に注がれていた。
「……何してんだぁ?ヅラぁ」
銀八の乾いた声が頭上から降り注ぐ。今すぐにでも立ち上がり形勢を整えたいが、体内から微かな振動音と共に強烈な感覚が湧き上がって、桂の四肢を犯した。
変になる、と細胞が叫んでいるのが分かる。痛みの伴った、しかし確固としてそこに存在する快楽は、桂の全身を支配し食いつくさんばかりに凶暴になる。
桂はゆっくりと、顔にかかった黒く長い髪の隙間から憮然としてこちらを見つめている銀八を睨みながら、
「……なん…でも…ありません」
と小声で呟いた。
「またお得意の電波ですかィ?今度は妖精でも見ましたかィ」
「えええぇ桂って妖精見れんの!?マジで!?ちょっそれスゴくない?フツーにスゴくない?」
「…近藤さん、アンタはちょっと黙っててくれ」
風紀委員たちが口々に野次を飛ばすのを聞きながら、桂はふらつきつつも何とか起き上がり、散乱した机の中身を集めた。
哀れにひっくり返った学習机を起こそうとするが、只管蠢き自身に烈しい刺激を与え続ける無機質な振動はいまだ桂に其れを許そうとはしない。
腰が震え脚が震え、羞恥と恐怖で吐き気がする。
銀八はじっとりとした視線で此方の回復をただ、鑑賞している。まるで書類に目を通すかのように。
「ヅラぁ、大丈夫アルか?」
尋常ならざるその様子に前の席の神楽が堪らずそう問う。これが大丈夫なように見えるのか、と悪態を吐きたかったが、その代わりに
「大丈夫だリーダー、ありがとう」と精一杯の蒼い笑顔で応えた。
永遠に終わらないようにさえ思えた時間は、あまりにもあっけなく桂の激情を無視してベルの音と共に終業した。
間延びした生徒たちの声が教室内に響き始め、不快な虫の羽音のようにそれはどんどん大きくなっていく。
桂の弄ばれ続けている身体はもはや限界だった。桂が着席したすぐ後に、銀八は振動を止めたようだが、それだけで解消される程度の違和感では到底ない。
コントロールの効かない身体をよろつかせながら、チャイムが鳴り終わったと同時に桂は国語準備室へ向かった。
Z組からは比較的近い位置にあるはずの例の部屋さえ今の桂には何千里にも感じられた。
すれ違う生徒たちのばかに愉しそうな表情や声が恨めしい。自分が今受けている苦痛のことなど、この宇宙で自分と、
あの男しか知らないのだと思うと、寒気がした。
やっとのことで微塵も訪れたくない他の教室に比べて一層寂れた匂いのする国語準備室へ辿り着いた。
だが、扉を開けたそこで待ち受けていたのは絶望だった。
「あ、桂じゃねーですかィ」
職員机に悠々と腰掛ける銀八の傍らに、沖田と土方がたった今まで話に華を咲かせていたという様子で立っていた。
その証拠に、三者三様に笑みの欠片をその表情筋に残している。
愉しげな場に突然入り込んだ異物のような自分自身を桂はばつの悪い存在に感じ、一方ではその感情の何倍もの苛立ちを感じていた。
「どーしたの、何か用事?」
この男、と桂はこっそりと心中で悪態を吐いた。
しかし桂は苦し紛れに、「少し…相談したいことが…あって」と言った。
「今じゃなきゃマズい?」
銀八は、思いもよらなかった訪問者の齎した深刻な空気を煙たがっている_ような表情を創り出していた。
桂が切羽詰ってこの部屋に来ることぐらい、銀八はとっくに承知していたはずである。故意に土方と沖田を呼び出したのか偶然なのかは
桂の知るところではないが、ともあれこの状況は銀八にとってかなり面白いものであることに疑いはなかった。
「ひぁっ…!?」
振動。再び、体内に埋まっている怪物が暴れだす。桂が思わず悲鳴を零した瞬間、銀八の仮面の隙間からあの時の表情が覗いた。
桂がこくこくと首を何度も振って頷くと、銀八は深いため息を吐き、「だとよ。さ、出た出たご両人」という常の何倍も気だるげな低い声でそう告げた。
「何で俺らが桂のために動かなきゃなんねーんでィ」
「何でもいいじゃねえか、行くぞ総悟」
桂が安堵したのも束の間、銀八が踵を返し引き返そうとする土方の背にがばりと抱きつく。
「ちょっと土方く〜ん。まぁた下校中タバコ吸う気じゃないでしょーねぇ」
「授業中に吸ってる奴にだけは言われたくねぇよ…ケツ掴むな変態教師!!」
「先生、こいつどMだから触られてほんとはチビるほど嬉しいんですぜィ」
「ふざけんな何言ってやがる!!つーかいい加減離れろホモ野郎!」
「こないだも近藤さんにハグされて…」
「黙れぇええぇぇええ!!!」
無意味なじゃれ合いはまたも、桂の地獄を深めていく。血液が下半身に集中する。脚が震えて立っているのがやっとだった。
制服のズボンを引き裂かんばかりの力で握り締め只管耐える。
やっとクラスメイトが部屋を出て行くときには、頭が真っ白で、土方の訝しむ視線にさえ気付かなかった。
戸が閉まった瞬間、桂はその場に崩れ落ちた。静かになった部屋にはバイブの唸りしか聞こえず、自分が置かれている状況が身に沁みて分かる。
無機物を尻の穴に咥えこみ、それが与える振動に己の雄を勇ませている。
「…ふ…っん、うぅ…っ、ぁ」
1時間にも及ぶ緊張が解けて、堪らずに桂は色づいた声を震える唇から漏らした。声を出すことで少しだけ、楽になれた。
銀八は暫くそんな桂の様子をじっと観ていた。そして近づいて戸の鍵を閉め、荒い息を吐いて這い蹲っている男子生徒の顔の傍にしゃがみこんだ。
その気配に桂が顔を上げると、にやりと銀八が微笑んで、
「なぁ…外してほしい?」
と問うた。その問いに桂は小刻みに頷く。
「んじゃ、ちゃんとお願いしなきゃね」
この前教えたみたいに、と銀八は付け足した。
あれは何日前だったかもう覚えてなどいないが、例によってこの部屋に呼び出され、桂は銀八に淫語を強要された。
手で扱かれ、絶頂を迎える瞬間に出口をせき止められ、苦し紛れに桂は卑猥極まりない言葉の羅列を何度も何度も口にさせられた。
単語自体に抵抗はないが、銀八に言わされているという状況そのものが耐えがたく、解放されるのにとんでもなく長い時間がかかった。
その時の屈辱感はプライドの高い桂にとって拭い去れるものではなかった。
桂は銀八の言う「おねだり」の拒否を、睨みつけることで示した。
その拒否に対し銀八は、桂の顎を容赦ない力で掴み上向かせ、
「お願いできなきゃ外してあげないよ?」
と冷酷に告げた。顎骨が砕かれそうなほどの力に桂は細い眉を顰めた。
「…先生、あなた、俺のことが好きだって言いましたよ、ね」
尚も圧制されながら、桂は精一杯声を震わせずに言った。
「本当に俺が好きなら、今すぐに、外してください」
銀八は何も言わない。ただ蛇のような冷たい眼で桂を見下ろしている。
「桂くんのことは、先生大好きだよ」
ふっと、顎に掛かっていた力が解かれた。
次の瞬間、前髪を掴まれて思い切り引っ張られる。そしてそのまま床に頭を押さえつけられた。
「いぁ……っ!!」
「でも、そんなこと言う桂くんのことは、好きじゃないな」
「いた、痛い、離しっ」
「せっかく上手にお願いできたら外してあげようと思ったのになー」
気が変わった。恐ろしく低い声で銀八が独り言のように呟く。
「桂ぁ」
ぐい、と前髪を掴んで頭を上向かせられる。それでも桂は銀八をきっと睨みつけた。
「いいんだね?」
何がいいのか、バイブを外さなくてもいいという意味なのか、それとも。
目的語のないその抽象的な物言いは、あのことを話してもいいんだね、という意味のニュアンスを漂わせている。
気を張り詰めていた桂に、一気に恐怖心が戻ってきた。息を呑む。それを銀八は見逃さない。
桂は首を横に振ろうとするが、頭を固定されている所為で上手くいかない。
震える唇で「やめてください」と懇願するしかできなかった。
「でもなぁ、お願いも上手にできないようじゃあ、この先が思いやられるし」
「…っんでもします…」
「え?何て?」
「言うこと…聞きますから…」
先ほどとは打って変わった脅えきった小さな声で従順に言葉を紡ぐ桂に、銀八は満足したようだった。
優しく笑んで、「いい子」と前髪を掴む手を離した。
「じゃあ、」
桂の艶やかな髪を撫でながら、銀八は甘い声音で囁く。
「俺のこと先にイかせろよ」
そしたら許してあげる。それも外してあげる。
その条件は、桂にとって呑みやすいものにさえ聞こえた。
頷くと、「やっぱり桂くんは賢い子だね」とあやすように銀八はもう一度髪を撫でた。
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